5.T・E・ベアデンのインタビュー
  人工スカラー波について
5. T・E・ベアデンのインタビュー
 以下のTom Beardenへのインタビユーは、「Megabrain Report」という雑誌に掲載されたものである。インタビューの日付けは、199124日である。インタビューを行ったのは、Terry Pattenと、Michael Hutchisonである。

問:素人のために非常に簡単に、スカラーとは何か、それはマックスウェルの方程式、統一場理論、現在受け入れられている量子物理学、相対性理論、電磁気学の限界とどのように関連しているのかについての要約をしていただけますか。

:えっ。あなたは物理学における三つの主要な理論をどうやって統合するか、これら三つの理論が現在のところ間違っている箇所はどこであるために統合化ができないのか、マックスウェルの初めの四元数の方程式(その200ほどの方程式が実に彼の理論であり、ヘビサイドとギプスによって書かれた生気を失った四つのベクトル方程式ではない。)においてはこれはどうであったのか、ということについての完全な説明を求めているのですか。

またスカラー対ベクトル、及び現在の(ヘビサイドとギプスの)ベクトル解析は構造的なスカラーに関してどのようにしくじったのかの説明を求めているのですか。
しかもあなたは私にそれを素人の言葉で簡単にしろとおっしゃった。それは高度な要求であると言うのは、実に実に控えめな言い方です。

問:わかりました。私達はともかく話を進めなければなりません。まず、スカラーとベクトルについて始めましょう。

:私達は宇宙のものについて、動く(運動する)ものと動かないものという二種類の見方をしています。

しかし物理学においてはこれはもうすでに正しくありません。宇宙の中ではどこでも運動していないものはありません。少なくとも物体は時間の方向に運動しています。それも特珠な種類の運動です。また、すべてのものはたいへん小さなものからできていて、それは常に運動していて、その運動はしばしば大変激しいということも知られています。空間的に動いていない全体の系は、それでも時間方向には動いています。しかし私達は空間だけを見ており「時間」を見てはいません。従って私達には、ものが「運動していない」というように見えるのです。しかし、私達の見ている「運動していない」ものとは、川の速い流れの中の静止した渦のようなものです。渦は「静止」していて運動していないように見えますが、実は内部的には各部分(水流)が一定の運動をしているのです。

 別の例として、ガソリンスタンドにある空気タンクのように、圧力を加えた気体の入れ物が考えられます。タンクとその内部を占める空気はどの方向にも動いてはいないので「静止」しているとみなすことができます。
しかし気体の内部ではその分子は激しく運動し、衝突しているのです。タンクの壁の内側では分子や原子は空間格子の中で振動して行ったり来たりを繰り返すのです。

 要するに、物理学的には「運動」と「静止」とは物体の外見にのみ当てはまる形容なのです。それは物体の総体的な特徴を記述しているだけであって、物質を完全に記述しているのではありません。
ある意味では「静止」という状態の内部には運動が充満しています。
従ってすべてのものは運動しているのです。

 ベクトル解析においては、スカラー量は大きさのみを持ち運動を持たない量であると考えられています。一例として圧力がそうです。
空間の気体の圧力を計測することはできますが、それは空間中の気体の運動を記述するものではありません。従って圧力はスカラー量であり、総体量であり、外部的な量なのです。しかし、ここで数学的な状況と物理的な状況はまったく異なっていることに留意しなくてはなりません。数学的に何かがスカラー量であるというときには、それは単なる数値のことを言っているのであり、それに付随した方向性については述べていません。また数学的にはそれ以外のものはありません。当然ながら内部構造に関しては情報を持っていません。
それは単に物体に付随した大きさという量が位置のみに伴うものなのです。

 しかしながら、物理的に圧力とかスカラー量とか言う場合に、それだけではそこにあるすべてを表わしているわけではありません。
物体や系の持つ特定な姿がスカラーであるかもしれませんが、内部的にはそれらを更に急激な運動をする部分系や粒子や微少体に分解することができます。つまり、物理的にはスカラー量は、更に数学的なベクトル量の組み合わせに細分化することができるわけです。
これらの部分はすべての方向に急速に運動していますが、総体としては空間上に静止しているので、その総和はゼロでなければなりません。
例えば、スカラー量である圧力は、単位面積当たり無数の対立し合う力のベクトルに分解することができるのです。

 数学的には、ベクトル量は大きさだけでなく空間上の移動も伴うものです。物理的にはベクトルの概念を、位置が移動する何ものかに当てはめることができます。しかし、更に深く考えると、その「何もの」かが、より小さな急速に運動するものから成り、その小さなものが空間中を異なる速度で行ったり来たりしているかもしれないし、あるいはベクトルで表わされ、「系」から行ったり来たりして高速で運動する流れかもしれません。そこでむしろここでは、ベクトルは、微少粒子の全体系の特殊な系であるとします。

 物理の世界では、どのようなものの中にも--たとえそれが一点であっても--常に高速運動するベクトル的なものが折り畳まれています。「このような内部的な生き物(critter)は」「超空間的な」とか「包含された」とか「仮想的な」とか「隠れた」のように形容します。しかしそれらは実在的であり、外部の観測者が見る点の内側にあります。

 要点はここにあります。外部的に見えるすべてのものは、内部的には物質が充満した状態(plenum)です。現実の物理的な世界では、外部的に静止したもの(スカラー)も、外部的に運動しているもの(ベクトル)もどちらも、その内部に常に運動する部分を持つ体系の特珠な場合なのです。内部運動の総和がゼロであれば、外部的には物体は静止しているように見えるのです(ただしそれでも時間的には--通常は--一様の運動をしている)。このような系の内部的特徴をベクトルの総和がゼロになる系として記述しましょう。外部的にはその特徴付けはスカラーとしてかまいません。なぜならばそれは大きさを持った属性を有するからです。

 一方、内部運動の総和がゼロでなく、空間的に特定な方向の運動を有すれば、外部的にはその物体は空間を移動しているように見えます。従って、外部的にも大きさと方向を持つことになり、ベクトルとなります。ものをベクトル量のみとして捉える場合には、その外部的属性のみを見ていることになります。ものをスカラー量として捉える場合にも、その部分的属性のみを見ているのです。その内部的属性を見る場合には、それは同時にスカラーでありベクトルでもあるとして捉えなければなりません。すなわち、スカラーという属性は内部的にはべクトルとして分解されるという認識を持たなければならないのです。

 以上を要約すると、物理的には、スカラーというのは

1)時間的にはベクトルであり、それは直接的観測からは隠されていて、
2)外部的には空間的な大きさであり、
3)内部的には空間的べクトル構造を有してます。

 従ってそれは超空間的あるいは仮想的状態ベクトルなのです。
ベクトルというのは、空間、時間、超空間を問わず次元の中を運動するものです。厳密に言うと、このようなベクトルとスカラーの違いを完全に分離することはできません。なぜならばどんなにスカラーだと言い張っても、時間的には自動的にベクトルとなるからです。

 このようなベクトルとスカラーの概念は、残念ながら通常の物理学ではほとんど明確にされていないのです。通常、この種の議論は数学基礎論の不明瞭な論文として残っています。一般の学生にとって、線、点、空間、ゼロ、長さ、次元、座標系、時間、観測者の観念が、真に受け入れられる定義を持っていないということは驚きに値することでしょう。カ、質量、場、ポテンシャル等に関しても同じです。実際、数学はもはや、線が点からどうやって作られるかを説明しようとする試みをしていないのです。そうする代わりに、基礎事項として、次のように三つの公理として簡単に述べているだけなのです。「点というものの類がある。また線というものの類がある。線は点によって構成される。」 物理的な観点から言って、現在のベクトル数学の大きな問題は、その総和がゼロとなる多くのベクトルの存在を、ゼロあるいは何のベクトルも存在しないとして扱っているところにあります。すなわち、内部的なベクトルはまったく不在であることと、互いに作用しあって相殺する多くのベクトルは同義であるとしていることなのです。

 これが何を意味するかというと、時空そのものの内部において、媒体の持つ内部エネルギーと、内部的な秩序構造--つまり、局所的媒体の内部で絶えず相殺されているすべてのベクトルの持つエネルギー--を捨て去ってしまっているということなのです。物理的に言えば、それはまったくの誤りです。しかも、その状況におけるエネルギーの半分を捨て去ってしまっているのです。相殺し合い、一つのまとまりとしては静止している実ベクトルの系と、何もベクトルが存在しなくて相殺も無い場合との間には、実際には物理的に大きな違いがあるのです。その差は、応力と内部ベクトル--局所時空間と局所的静止質量において内部的なエネルギーを引き起こすもの--とのパターン、つまり、局所媒体に捕獲されたエネルギーによって作られます。

 この隠れた問題を加味すると、電磁場のヘビサイドの四つのベクトル方程式は不十分です。なぜならば常に「残留ポテンシャル」はゼロ、つまり存在しないと仮定しなければならないからです。すべての教科書と教師達は、まさにそこにヘビサイドの方程式さえも「残留している」ものがない特殊な場合に縮退させてしまったのです。例として、その不足した仮定によってAharanov-Bohm効果の可能性が消し去られてしまいました。そこでは、たとえ電磁力場が存在しなくても、ポテンシャルのみが干渉し、荷電粒子系において実際の力の効果を生じることができるのです。すなわち、このスカラーポテンシャルの相互作用の唯一の因子は、実験的に検証されたAharanov-Bohm効果によれば、電磁力場が全く存在しなくても電磁場の変化を誘導するのです。

 1959年から、量子力学においては電磁力場は主要因子ではないということが知られています。この点に関しては古典電磁気学は完全に間違っています。量子力学によれば、主要因子はポテンシャルであり、力場ではありません。実際、量子力学によれば、真空中では電場や磁場はそのままの形では存在せず、電磁場のポテンシャルのみが存在します。Feynmanはこの事を指摘しましたが、ほとんどすべての現代物理学者達はこのことに気が付かなかったようです。実際、真空はポテンシャルの集団以外の何者でもありません。

 もし力と電磁場の定義を注意深く眺めれば、即座に、カは(非相対論的な場合)質量と加速度の積によって作られる。従って、力は加速された質量によって構成されていることがわかります。電気力は加速された荷電粒子によって構成されています。しかし電磁気学においてはそのようには扱われてはいないで、真空中においても力場として存在すると間違って考えられているのです。

 物質の存在する場合から真空の場合を導くためには、少なくとも「仮想的な」及び「観測可能な」という形容詞を使わなければなりません。仮想的な電気力場は真空中にも存在し、その真空は加速を与える仮想的な質量によって作られますが、観測可能な力場ではない、と言うのが正しいのです。観測可能な電気力場は、加速された観測可能な荷電粒子により作られます。観測可能な粒子が存在する唯一の場所は、物理的媒体の中であり、それは空間における一つあるいはそれ以上の観測可能な粒子の集合なのです。

 従って、現代の電磁気学には非常に重大な基本的事項の誤りがあることを直接示すのに、特別な思考の力は必要ではありません。電磁気学にはその他にも多くの欠陥があります。例えば、現代のレールガン(電磁出射装置の砲)の実験におけるLorentz力の法則の欠落等です。法則はずっと誤りであったのです。しかしエネルギーの考えている範囲がそんなに高くない間は十分に近似的だったのです。 これに関してはPeterGraneauの成果が基礎的なものです。

 このことを別の見方で要約しましょう。現在のベクトル解析(電磁気学に応用されるようなもの)には、局所時空間の内部に捕獲された電磁エネルギーが欠落しています。さて、時空間の内部に捕獲されたエネルギーが様々な場所を動き回れば、相対論的にそれは湾曲した時空間であると呼ばれます。時空間が湾曲していると、内部的な、畳み込まれた、仮想的な電磁エネルギー状態と、外部的な、移動する、観測可能な電磁エネルギー状態との間に交換が生じます。
ある方向に歪曲していると、局所時空間は沈点(sink)となり、外部エネルギーはその中に連続的に流れ込み、外部状態の観測から消滅します。また反対側に歪曲していれば、局所時空間は沸点(source) となり、エネルギーはそこから連続的に流れだし、外部状態の観測の中に出現します。

 従って、電磁気の現代的ベクトル体系は、局所時空間を湾曲させる因子としての非常に強力な電磁力を使用する可能性を破棄しているということなのです。まさに数学そのものが、先験的に、局所的に平坦な時空間を仮定し、それを保証しているのです。そして、時空間の湾曲の無い領域では、入力を上回る出力を出す機械、すなわち「フリーエネルギー」マシンを作り出すことは決してできません。

 なぜならば、ベクトル理論の応用が初めから局所時空間(st)の媒体中にあるどのような隠されたエネルギー源をも取り去ってしまうことを保証しているからです。真空に捕獲されたエネルギーを取り出し、いわゆる「フリーエネルギー」装置を作り出すためには、局所時空間を湾曲させなければなりません。これが、真空中に局所的なエネルギー源を作り出す唯一の方法なのです。そこから電流を取り出すことができます。次のことに留意しましょう。川の流れの中に水車を入れれば、フリーエネルギー装置を作り出すことができます。なぜならば流れの中からエネルギーを取り出すことができるからです。しかし、それは水流に接触するのであって、ポテンシャルそれ自体に接触するのではないのです。真空エネルギーを取り出しフリーエネルギー装置を作り出すための秘密は、それ自身一様に分布した局所的真空ポテンシャルの中に流れを生じさせ、その流れを取り出すことなのです。

 従って、現在の電磁気理論ではそれに関連する状況のエネルギー論の半分が捨て去られてしまっています。しかしいろいろな時代にいろいろな物理学者達が恐るべき事実を発見し、それを指摘する論文を出版しています。しかし、この事実に関しては誰も何もしませんでした。なぜならば誰も何をしているかというぼんやりとした観点をも持たなかったからです。そして皆それを見過ごしたために、何も起きなかったのです。

:エネルギーのうちの失われた半分についての具体的な例を示していただけませんか。

答:例えば、回路に電圧計を入れて電圧を計測する場合を考えてみましょう。電圧が検出された結果として、電圧計の針がバネの力に逆らって動きます。実際には私たちは、電圧計の探針の中で自由電子を誘導して動くという相互作用を検出しています。私達はこの自由電子の動く結果引き起こされる針の振れを読んで、電圧の値を測定するのです。
 重要な点はここにあります。電圧計はそれ自体の内部変化のエネルギー値を計測しているのです。それはまったく外部にあるものを計測しているのではないのです。すべての計測器はそれ自身の内部変化のみを計測します。私達は装置と相互作用をおこし内部変化を生じさせた外部的なものを推測します。外部的な実体を直接計測するのではなく、探針と計器の内部の相互作用の結果のみを計測しているのです。そして、その場合においてさえ、計器の相互作用における単なる外部的な空間中のエネルギーの移動のみを計測しているのであって、その相互作用の内部エネルギーを計測したり説明しているのではありません。

 これについてもっと詳しく述べましょう。移動電子は計器の相互作用領域から加速されて離れて行くために、針が振れます。この電流はコイルの中に流れ、針がバネに逆らって回転するように移動するための力を生じるのです。同時に、もう一方の電流は、時間的に反転していて位相が共役な電流ですが、それが相互作用している領域中の原子の原子核の中に誘導されるのです。この「内部電流」はホイッテッカー流に計器の原子核を通って流れ、同じ大きさで方向が反対の力を生じます。〔ファインマン(Feynman)がそうではないかと言ったように、これがそもそもニュートン(Newton)の第三法則を生じるメカニズムである。 〕計器の全体の質量は、私達がぼんやりとニュートンの反作用の力と呼んでいる--そしてそのように認識している--同じ大きさで反対方向の力から少しだけ跳ね返ったのです。それはそうであり、真実です。しかし私達の電気計測においてはそれを完全に無視するのです。通常私達は、それが電圧計と干渉を生じる外部的実体と関連のある何かを有するとは考えていません。しかし、それは計器の内部にあるその外部的な「何か」と同じ相互作用の産物なのです。それは、私達の電気計測を引き起こす何かと同じ大きさで方向が反対のものなのです。従って、「反作用力」のエネルギー論中では相互作用の「外部的な計器針の力」の部分において生成されるものと正確に同じエネルギーが生成されるのです。私達は相互作用の真のエネルギーの半分についてのみ計測し説明したのです。さもなければ、私達はニュートンの第三法則を捨て去らなければならないのです。

 従って、実際に何が相互作用に入ったかといえば、反対方向を向いた一対の力の系--応力場、それがスカラーポテンシャルである--でありました。もちろんこれは、真空そのものが純粋なポテンシャルであるという私達の観測とは矛盾していません。そのようなものとして、それは様々な種類の部分的なポテンシャルから成り立っています。それは大きな電荷を持ち、周辺の真空のスカラーポテンシャルはたいへん大きな値を持っています。この周辺の真空応力(ポテンシャル)は、二方向の力の組に分解可能であることを思い起こしましょう。電磁気の相互作用において、応力--その半分は通常の光子の生成した電磁気力--の半分は、自由電子を移動させるのに利用されました。その自由電子は主として真空ポテンシャルの中に埋め込まれている原子の電子殻を含んでいます。応力対のもう一方の半分は原子核と相互に作用しあってそれを動かし、それが跳ね返る原因となるものです。原子核の跳ね返りはほんの少しでした。なぜならばそれは加速された外側の電子に比べてたいへんたいへん重いからです。

 要約すると、すべての検出は実際に二元的です。しかしまったく単独ではありません。光子あるいは電磁波を検出するときには、通常、相互作用のエネルギー論の外部化された移動の部分のみについて説明します。内部化された移動部分については考慮されていないか無視され、私達が外部的なエネルギーについて説明するほどの内部エネルギーについては考慮されないかあるいは無視されているのです。もう一度繰り返しますが、これについては私が最初に提唱したわけではまったくないのです。

問:以上のことを正確に要約していただけませんか。

答:相互作用の生じている領域では、装置の一部と外的な要因が結合して複合系となります。その領域では、装置の質量は原子として存在します。その各々は内部の部分(原子核)と外部の部分(電子殻) を持っています。その複合系を中心に持つ座標系においては、保存が当てはまります。相互作用の圧縮応力は内部的に反作用を生じます--すなわち、原子に対して内部の部分と外部の部分をももって。原子核からの反作用は張力的な圧力を誘導します。この張力的圧力は、最も単純な場合には、同じ大きさで反対方向の力に分解されます。というのは、圧力というのは単にそのような等しくて反対方向の力の組み合わせであるからです。双方向の相互作用の力の一方が外部的に原子から電子雲を経由して外側に動いて、装置を通って電磁気的に自由電子の流れを生じ、針の振れが起こります。 第一の双方向の相互作用の力はずっと内側に向かって動きます。というのは、それが位相共役であり、外側に向かわないで内側に向かって再び集中する(「後ずさり」)からです。

 これは原子核を通る隠れたホイッテッカー電流を形作り、そのすべてにおいて後ずさりを生じるのです。正確に、外部系の中に向かうのと同じ量の電磁気エネルギーが内部系に向かいます。しかし私たちは普通、外部エネルギーのみを計測しそれを説明しようとしますが、内部チャネルにあるエネルギーは無視します。

問:これに関連した参考文献はありませんか?

答:この事を直接扱っている幾つかの文献を与えましょう。

R.Chen,Cancellation of internal forces,American Journal of Physics,Vol,49,No.4,Apr.1981,p372,

 Chenはこのような総和ベクトルと内部ベクトルの論議を行っています。彼が指摘するのは、内部力は大きさが同じで反対方向を向いた対として、言い換えれば、内部応力として生じることです。それは確かにスカラー応力という双方向の力の構造--電磁気応力と電磁気力について語るのであるならば、スカラーポテンシャル--について指摘しています。この内部パターンは正確にマックスウェルの四元数理論が捉え、保持したものであり、ヘビサイドとギブスのベクトル理論が破棄したものです。更に、四元数はこの内部力場の構造における内部秩序についても捉えています。

 次に、Kiddは彼の美しい論文の中で、すべての私達の計測・検出はまさに双眼鏡であると、ぶっきらぼうに述べています。

Richard Kidd et al, Evolution of the modern photon,American Journal of Physics,Vol.57,No.1,Jan.1989,p.27-35

 ET・ホイッテッカーは、もちろん、これらすべてを電磁気理論でどのように扱うか--外部的には力場の存在しないスカラーポテンシヤルの定常波を生成する双方向波形構造の中に、電磁波をどのように畳み込むか--に関する決定的な工学的方法論を書いています。二つのホイッテッカーの論文は次のものです。

On the partial differential equations of mathematical physics, of two scalar potential functions, Proc.Lond.Soc.,Series 2, Vol.1,1904,p.387-372.

 さて、これらの隠された内部波形構造は、電磁気のものであろうがなかろうが、すべてのスカラーポテンシャルの中に存在します。
例えば、Ziolkowskyは、音響ミサイルの研究の中で、実際に音響スカラー波の内部において、ホイッテッカーが1903年に提唱した、埋め込まれた双方向平面波とは何かを指摘しています。音響ミサイルは大変強力な音響エネルギーの弾丸で、移動中はエネルギーは弾丸の中に留まり、標的に恐ろしい一撃を与えます。それはまるで「音響エネルギーでできたミサイル」であるかのごとくです。

Richard Ziolkowsky' Localized transmission of wave energy,Proc.SPIE Vol. 1 1060. Microwave and Paricle Beam Sources and Directed Energy Concepts,Jan. 1989,p.396-397.Ed.

 ソビエトの科学者Ignatovichは、Schroedinger波動方程式自体に関連するスカラーポテンシヤル内部の、同じく注目すべき双方向波動構造を指摘しています。

V.K.Ignatovich, The remarkable capabilities of recursive relations,American Journal of Physics. Vol.57,No.10,Oct.1983,p.873-878

 また私は量子ポテンシャルを作ることのできる方法による機構を指摘しました。それによれば、分離されたもの--離れて分離されたものにおいても--それらがあたかもすべて同じ体系の部分であり、すべては互いに同じ場所に並んでおかれたものであるかのように相互作用を生じます。更に私はホイッテッカーの双方向波動構造を持った量子ポテンシャルを意図的に構成することができることを指摘しました。

問:最後の部分をもう少し簡単に説明してください。

答:それが意味することは、量子力学では、私達が作ることのできる特別な種類のポテンシャルが存在するということです。それは空間的に分離されたものを結合し、その間にエネルギーを伝達しますが、それは隠された風に、また本質的に瞬時に行われるのです。この「遠隔結合」によって、直接に遠隔作用が引き起こされます。更に、その作り出された人工の量子ポテンシャルにおいて、隠された電磁波のホイッテッカー構造--いわゆる隠された「時空間自体の内部のパイプ」--を置くことができるのです。それから時空間の中に隠れた電磁波動エネルギー・チヤネルを確立し、広範囲に分離された実体を互いに結合します。それから、これらの隠れたチヤネルを通じて直接、エネルギーと特定なエネルギーパターンー--もしそうしたければ真空機関--を置くことができます。隠れたエネルギーが遠隔点に現れ、そこにある離れた物理系と相互作用するようにさせることができます。この遠隔して出現する相互作用のエネルギーは正(混乱させる、あるいは散乱する)でも負(再秩序化する)でもあり得るのです。散乱のエネルギーを伝送すれば、遠隔地を熱すること--遠隔地の熱発生--ができます。
再秩序化のエネルギーを伝送すれば、それらの隠れたチヤネルを通って遠隔の物体や系からエネルギーを抽出することができ、遠隔地の静電冷却が達成されるのです

(注:将にこれがスカラー波の生体・非生体に与える冷極端な熱作用であり、西日本を発生源とする擬似エルニーニョ現象の説明にもなり得るものです。)

 もう一つの留意すべき事項は、隠れたチヤネルを通じての電磁気のエネルギー伝播は、光速に制限されないことです。光速とは、エネルギー伝播が三次元の中を通って行われることであり、内部チヤネルとは、エネルギー伝播が三次元の周辺、つまり超空間で行われることなのです。それは実験室で試験することができます。

問:真のエネルギーが光速よりも速く伝播するというのですか?

答:そうです。しかし、それは超空間的に行われます。三次元空間の中を通ってではなく、その周辺で行われるのです。

 もう一度繰り返しますが、これは、遠隔地点にある隔たった系の間に、通常の意味での「空間を通っての」エネルギーの伝播が起こらなくも、エネルギーの変化を生じることが可能であるということを意味しています。いわゆる空間の「周辺」で伝播し、この事を理解するのに使用するモデルに依存して直接時間的に、あるいは超空間を通じて行われるのです。更に、電磁気の内部エネルギー伝播は、光速に制限されません。ホイッテッカーはすでにこの事を特定して指摘しています。量子力学はまた、遠隔地での瞬時的動作を予測し、それは本質的には実験的に証明されています。すなわち、この「超空間的」伝播を特定してホイッテッカー流に工学化しようと思えば、そのようにすることができるのです。本質的に、そのような遠隔糸において、行いたいと思うことは何でも可能なのです。それはどれだけ優れた技術を開発するかに依存しています。基本はそこにあります。仮説的には、いずれはテレポーテーション(瞬間移動)のようなものを開発することが可能です。内部チャネルを通ってのホイッテッカー伝送は、言ってみればすでにエネルギーの「テレポーテーション」なのです。

:このことはSheldrakeの形態遺伝場(morphogenetic field)と何らかの関連がありますか。

答:もちろんそうです。Sheldrakeの形態遺伝場は、純粋単純に種の量子ポテンシャルで、種の個体の中から作られたものです。個々の個体によって経験が異なるので、それらは絶えず一定して畳み込まれた電磁気構造をその量子ポテンシャルの「内部的」電磁気チヤネルの中に入力します。畳み込まれた任意の電磁波に対して、その位相共役波--あるいは時間反転の複写波形--が自動的に生成され畳み込まれるので、量子ポテンシャルの中には、すべての悪い外部的電磁波動の入力に対して修正を行う電磁信号パターンという一種の「負帰還」が存在します。種の個体にとって有害な変化に対しては、時間反転が「種の過度の圧迫」に対していわば正確に対抗するような畳み込まれた信号を提供するのです。しかし、過度に圧迫された種に対するこのような「解毒剤」は、仮想的状態の中にあります。しかし同じ有害な変化が世代を越えて経験されると、同じ期間に種の量子ポテンシャル中に存在する対抗信号構造が増加するのです。次第に隠れた電磁波構造--それは膨大な数の小さな「真空機関」のようなもの--が変化し、内部的に、その種に対するSchroedingerポテンシャルを作り出します。

 そしてある日、内部的な修正電荷が量子的な閾値を破るのに十分となると、種の個体によって占められている時空間ポテンシャルは、今や遺伝変化に対して特定な信号パターンのエネルギー源として働くように十分に湾曲され構成されると言えます。この閾値を破ることによって、一回の跳躍で種全体に特定の新しい遺伝変化が生じます。その点において、卵受精(妊娠)による実際の遺伝が変化し、その後まもなく種の個体は、種の過度の圧迫の原因となっていた以前の有害要因に特定して対抗するためにあるいは部分的に対抗するために作られた、新しい変化を伴って誕生し始めるのです。

〔注:現在広島(島根、鳥取県の一部)などに見られる多種の虫の奇形がそれを立証しています。ダイオキシン問題の無い所で奇形が多く見られるということは、その原因が、ダイオキシンや、環境ホルモンによるものではないということです。真の生物界の危機について無感覚であり、スカラー波について研究をしないマスコミや学界の誤認がここにあります。〕

 その劇的な例として、爬虫類がどのようにして「突如として」軽い、空気の入った骨、羽、翼を発達させることができ、たった一回の飛躍で爬虫類から鳥類への変化が生じたかということが挙げられます。Sheldrakeの形態遺伝場は種の量子ポテンシャルで、荷電されたホイッテッカー構造が誘導の因子となっています。

問:すると、生体は、通常の外部電磁気において、私達が知っている外部的なエネルギーチャネルに加え、この内部的に隠された電磁エネルギーチャネルを使っているとおっしやるのですね。

答:その通りです。実際、生体と非生体の相違とはまさに、生体は、ホイッテッカー構造のスカラーポテンシャルの中で、内部的電磁エネルギーチャネルを必ず利用しているという事実なのです。そのようなスカラー電磁ポテンシャルは、生体の分子、細胞、組識、物体を構成する原子の原子核に集中しています。
(注:スカラー波が原子波と呼ばれるゆえんです。)

問:それは、現在の脳波研究及び脳波の電磁計測とはどのような関連性があるのですか。

答:現在の研究は、ほとんどすべてが、いわば海面の波を計測し検討することに留まっていると言えます。精神、思考、感情、そして真の生体の機能体系は、海面下の深部に隠れた波動です。科学は、隠れた内部のエネルギー領域の検出と記録のための装置を必要とすることになるでしょう。さもなければ、精神・脳・身体の問題は決して解決しないからです。また、内部のエネルギー論無しには、生命、記憶、個性、思考、そして主要な生体制御、すなわち人間の意図を決して理解することはないでしょう。

問:それならば、この隠れた内部電磁エネルギーチヤネルは精神、生命、個性と密接に関連しているとおっしやるのですか。

答:その通りです。精神は、生体系の生体ポテンシャルの内側で、安定したホイッテッカー構造によって構成されています。思考とは、その総体的なホイッテッカー構造の集合における変化・波動の特殊なものなのです。個人の無意識は、単一の小さな局所化されたサンプルを、より大きな集合でより深い無意識さえも表わすものからとったものなのです。

 意識的な心は順次処理機であり、一時に一つの事柄の処理を行います。無意識の心は全体では意識的でありますが、それは並行処理機であり、膨大な量の事柄を同時に処理します。順次的で意識的な心は「スライド投影機の中の一枚のスライド」にのみ意味を持たせることができるのです。無意識の心を眺めると、スライド投影機には幾つものスライドを同時にかけるようです--従って真っ黒なものが見えるだけか、あるいは何も認識できないのです。

 例えばJungの集合的無意識は、種の全体に対する総合的な生体量子ポテンシャルの中で共通に働く祖型の畳み込まれた電磁気構造によって作られています。ガイア、すなわち生体としての地球・バイオスフィアは、実に科学的に、地球のバイオスフィア全体となる畳み込まれた生体の電磁気構造を伴った共通の生体量子ポテンシャルとして存在するのです。単体における生体ポテンシャルは、総合的な量子ポテンシャルであり、身体のすべての原子と細胞に接続し結合します。生体システムの「精神」は、その「生きた生体ポテンシヤル」--すなわちその生きた量子ポテンシャル--です。私達は、ポテンシャルが無限大の彼方までどこまで行ってもゼロではないことを既に知っています。従って生体系の精神は--仮想的状態にあり--宇宙のどこにでもあり--また何時においてもあるのです。それはまったく巨大なホログラムであり、しかも空間においてのものではなく時空間においてのものです。

(注:分かりやすく言えば、「生きた生体ポテンシャル」は「念波や生体が持つエーテル体」のようなものだと、考えると分かり易いと思います)

 宇宙全体はどこにおいても生きており、すべてのものと共にあります。単純に量子力学の「ゴースト・フォーム」の要求を調査すれば、この結論は避ける事ができません。すべての生命は永遠不朽であり。何物も決して失われないのです。
 思考あるいは思考形態は、生体ポテンシャルという隠れた電磁チヤネルにおける、特定な、動的ホイッテッカー構造です。思考と思考形態は真のものです。それらは空間的には仮想的ですが、一つの「実」時空の次元である時間を占有します。物理学と形而上学は一つの共通な観測不可能な次元である時間を共有します。物理学が先験的に観測不可能な時間を持ち続けようとする限り、それはまた構造あるいは時間的な動作のすべてを含んでいなければなりません。

 超心理学を疑い、人間はロボットで精神は肉のコンピュータであると信じる者は、知識の基礎をほとんど持っていないかまったく持っていないのです。「観測可能な客観的科学」の少しばかりによって我を忘れるならば、物理学における基本的な物理的単位の選択は任意であるということを思い出すことです。すべての物理学は、時間を単一の基本単位としてそこから構成できるのです--それはすでに行われています。ということは、観測も検出も不可能なものから、まったく観測も検出も可能な物理モデルが完全に構成できるのです。量子力学はずっと以前にすべての時間に対する物質主義を破壊しました。しかしそれは有力な科学的教義を通じては未だ浸透していないのです。

 ホイッテッカーの電磁気工学を使えば、ひょっとすると思考形態を順序立て「させ」、それらを精神と長期記憶に直接インプットすることができるかもしれません。もし意識的な心を特別な順序処理のコンピューターであると考えれば、今やどこに--精神、長期記憶、個性という--ソフトウェアがあるかがわかります。スカラー電磁技術が発達すれば、まさに最初に、いわゆるソフトウェアに直接アクセスするようになるでしょう。またそれを意志の段階で装置化することができることでしょう。

問:しかし、それは良いことですか、悪いことですか?

答:実際、そのどちらかか、あるいは両方です。私達は隠れた内部的電磁気エネルギー構造、すなわち内部的電磁気の構造化のための基本的なメカニズムと道具の幾つかを記述しています。道具には道徳観念はなく、元々善でも悪でもありません。しかしおそらく、使用者の意図が善か悪かなのです。道具は常に有益な目的、邪悪な目的のどちらの方にも使うことができます。ナイフを振るうのは手であって、それが道徳的か非道徳的かの問題であり、ナイフの問題ではありません。同じ切開の道具が外科医によって治療に使われたり、殺人者によって使われたりします。人間の意図が、道徳観念のないものを道徳的にも非道徳的にもしてしまうのです。

問:現在の電磁気学、量子力学、一般相対性理論はどこが間違っているかという議論に戻っていただけませんか。順にそれを指摘していただければと思いますが。

答:わかりました。私はすでに、電磁気学の場合について述べています。
その半分--内部エネルギーという実に興味深い部分--はヘビサイドとギブスによって破棄されてしまったのです。四元数のスカラー成分を破葉することによって、彼らは局所時空間における内部的電磁エネルギー及び遠隔空間点における通信の可能性を捨て去ってしまったのです。時空間での局所化されたエネルギー密度は本質的に重力ポテンシャルと同じものであるので、彼らは電磁力場のエネルギーを重力ポテンシャルエネルギーに変換する可能性を捨て去ったのです。

 彼らは電磁気と重力との相互作用ともつれ合いを投げ捨て、重力と電磁気力との相互作用がないという制限された場合についてのマックスウエル理論の特殊な部分集合を書いたのでした。彼らの行ったことは、部分集合としてはまったく問題がありません。しかし、電磁重力理論の構築、出力が入力より大きな機構の制作、真空エネルギー源の取り出し等を行おうとすれば、彼らの方法は初めから決して使うべきではありません--またその原理に従う応用技術も使うべきではありません。静止している物体の慣性を、電気的に変化させたり、電束、磁束そのものを構造化したり、遠隔点でものを動かしたり利用したりすることは決してできないのです。

 ヘビサイド/ギプスの電磁気原理に適うように開発された装置では、決して精神、思考、感情を検知したり計測したりすることはできません--なぜならば、このような装置は初めから、精神、思考、感情が存在し機能する内部エネルギーの土俵を放り出して無視しているからです。また、外部的な電磁エネルギーは散乱するエネルギーであるために、散乱されたエネルギーはエントロピーを生じ、無秩序性を増加させ、時間の正方向の流れのみを作り出します。それから生じる科学技術は、決して電磁エネルギーを重力エネルギーに変換したり、その反対をすることはできません。
 その原理の基に構築されたすべての体系は、もっとも効率が良くても「入出力が同じ」体系にしかなりません。決して入力よりも大きな出力を生み出す体系とはならないのです。それは良くてもダイオードの工学技術なのです。

問:現在の量子力学についてはいかがでしょう。

答:量子力学はひどい基本的な問題を抱えています。それはカオスを欠いているのです。
言い換えれば、隠れた秩序が欠落しているという問題を持っています。それがどのようにしてもたらされたかを説明しましょう。

 物理学者達が量子力学を構築していたとき、それは必要性から統計論であったのです。彼らは単純にギプスの熱力学的統計論を取り上げ、それを量子統計論として利用しました。更に、ギプスの統計理論は確率変数の理論に基礎を置いていました。すなわち、変数はランダムであると考えられたのです。そこで、確率変数の統計論が利用されたので、「量子変化は統計論的である」という量子力学の公理は、「量子変化は統計論的であるばかりでなく、確率的でもある」という特別な場合に過度に制限されたのです。第二の場合「量子変化は統計論的であるばかりでなく、隠された秩序をも含んでいる。しかし、確率的ではない」は、最初から除外された仮定です。なぜならば単純に統計論が利用されているからです。

 さて、確率変数の仮定は次のように簡単に誤りを実証することができます。大量の確率約変化を選択すれば、その結果の収集もまた確率的です。次に行われる収集は必ずしもまったく同じ収集であるとは限りません。(実際にそうであれば、変数が必ずしもすべて確率的ではないという一見したところでの証拠でもあります。)

 これが意味するところは次のことです。もし量子変化が確率的であれば、これらの確率的な小さな変化が統合されて、私達がそこに住み観測している秩序ある大宇宙が提供されるというようなことは決して無いということです。花も、木も、どんなものも無く、完全なランダム性しか存在しなかったに違いありません。それは明らかに真理ではありません。そうでなければ私も存在しなければ、大宇宙も存在しないのです。

 統計的量子変化を統合して、秩序のある大宇宙を生じるためには、量子変化には隠れた秩序が含まれていなければなりません。すなわち、変化は確率的ではなくてカオス的でなければならないのです。変化がカオス的であれば、それらを統合すれば大きな尺度の形態が出現し、安定しています--それは私たちが実際に物理的現実の中で観測するものなのです。

 皮肉にも、今日の量子力学における最も大きな基本的問題が、カオスが欠如しているという問題であるとは!彼らの行おうとしていることを試してみてください。量子物理学者達は欠如した隠れ秩序を発見することはできません。なぜならば、彼らはそれをすでに排除したギプスの統計論を使い続けるからです。従って彼らは今日、量子力学はどこかが間違っていることを知っているのです。彼らの多くが恐れていることは、この最も成功した物理学の理論を完全にやり直さなければならないことなのです。

 もちろん、デビッド・ボームは、彼の隠れ変数が隠れた秩序を含むことができることをずっと以前に指摘していました。実際、実験物理学のすべては彼の隠れ変数理論(Hidden Variable HVT)に矛盾無く当てはまっています。しかしながら、主要な量子力学の理論家達は、隠れ変数(従って隠れた秩序)を避け続けています。
彼らは、Occamの剃刀のようなものを適応して隠れ変数理論を避けています。彼らは、ボームの隠れ変数理論は何の新しい現象も予測しないようなので、それを採用したり、まじめに検討したりする必要はないと言っています。ボームは実際に隠れ変数を工学的に応用することを知らなかったので、それによっては、現在の量子力学によって説明できなかったものは実験的には何も発見されなかったのです。

 さてここに、それらの日々を救い、断固としてそれを出すことを決定する部分が、ホイッテッカーの成果--そしてマックスウエルの最初の四元数理論--の中にあるのです。ボームの隠れ変数理論は実験室で直接応用が可能なのです。それは試験が可能であり、量子力学に応用された場合には、新しい現象と効果の一群が予測されるのです。従って、古典的な「Occamの剃刀」の鋸によって確かに日の目を見るのです。ホイッテッカーの方法を量子力学に応用すると、Schroedingerポテンシャルを含んだスカラーポテンシャルに対して、試験可能な内部的な双方向電磁波構造を再度提供するのです。

 ホイッテッカーの成果によれば、量子変化そのものを直接的に工学に応用することを可能にし、「ギプスの統計論」の中に試験可能な隠れた秩序を構成することができます。別の言い方をすれば、ホイッテッカーの成果を量子力学へ応用することによって、量子力学を内包したより広い体系を作ることができます。そこには、欠落したカオスが再生されるのです。

 「量子的変化は統計論的である」という公理は、現在では三つの特殊な場合があります。それらは、
1)内部秩序はまったく存在しない場合。この場合には、量子変化は確率的です。
2)内部秩序が幾つか存在するが全体的ではない場合が存在する場合。量子的変化はすでにカオス的です。
3)量子変化が完全に工学的に応用され、完全に秩序付けられ、決定的である場合の三つです。

 注目すべきことは、隠れた秩序と内部化された電磁気エネルギーを加えることによって、今や量子力学と電磁気学の両方を拡張し、二つを共通な部分集合の上に統一化できるということです。それぞれはホイッテッカー理論を応用した部分集合であり、二つの理論によって共通して使われる部分集合なのです。

問:すると、一般相対性理論はどうなのですか。それはどのように当てはまるのですか。

答:信じられないかもしれませんが、一般相対論にも似たようなことが生じたのです。アインシュタインは知らずに、一般相対論を、彼が書こうと意図した理論の部分集合に制約してしまいました。過度の制約は、ここでも電磁気学に関する基本的なヘビサイド/ギプスの誤りの間接的な結果なのです。

 残念ながら、電磁気に関するアインシュタインの見方は古典的な見方に近いものであったのです。古典電磁気理論では、電磁気力と重力は互いに排他的です。すなわち、時空間を湾曲させる因子として強い電磁気力を使うことはできません。

 従ってアインシュタインは、湾曲の因子として物質が引き合うことによる弱い重力を考えただけでした。さて、重力は電気力に比べてずっとずっと弱いのです。例えば、二つの電子が重力によって引き合う力は、電気力によって反発する力の1042倍のオーダーでしかありません。重力はたいへんたいへん弱いものです。空間を湾曲させる力として重力だけを考慮するならば、決して観測可能な時空間の湾曲は見られません。従って、--太陽や恒星の表面のような--非常に大きな質量の直接の近傍以外には、観測可能な時空間の歪曲は決して存在しないのです。

 アインシュタインは実験室と、観測者/科学者と計測機器は、決して太陽や恒星の表面にあることはないとし、従って、局所時空間--そこには実験室、観測者、観測機器があるのですが--は決して湾曲しないと考えたのです。局所時空間は常に平坦であると考えたのです。
残念なことに、その時にアインシュタインは本質的な誤りを犯したのです。彼は思考実験を一般化し過ぎたのです。彼は一般相対論の基本的な公理の一つを「局所時空間は常に平坦である。」と述べました。これは制約過剰であり、彼の思考過程には従わなかったのです。彼の公理は更に正確には次のように述べられるのです。「局所時空間は、湾曲の因子として弱い重力が使われるときにはいつでも、常に平坦である。また、対象となる局所的な領域は、大きな質量の集合の近傍ではない。」

 公理の二つの表現の相違に注意してみましょう。アインシュタインの誇張し過ぎた表現では、湾曲を作り出すため、ずっと強い電磁気力を使うことを許容してはいません。実際、彼自信による誇張し過ぎた表現は、一般相対性理論において、湾曲による重力との統合から電磁気を除外しています。皮肉にも、アインシュタインはその時から、電磁気をそこに適合させるために彼の余生を費やしました--しかし、彼自身のあまりにも行き詰まった表現である平坦な局所時空間の公理によって、すべての努力は失敗となるように運命付けられていたのです。

 それに対して、彼の公理の修正された表現から、次の補題が出てきます。「電磁気力のような非常に強力な力を湾曲の因子として使用すると、対象となる局所的な領域が大さな質量の集合の近傍になくても、局所時空間を湾曲する可能性がある。」
おわかりの通り、アインシュタインは知らず知らずに、彼の意図する理論の部分集合のみを書くことになってしまったのです。彼が誇張しすぎて表現した湾曲されない時空間の公理を、正しく表現し直すと、一般相対論が劇的に拡張され、電磁気力との統合を行って統一場理論とすることができるのです。

 またアインシュタインの誤りによって、現在の一般相対論は実験室で試験することのできる科学から排除されてしまいました。検出可能な時空間の湾曲が局所的にまったく得られなければ、明らかに実験室では計測できません。質量の吸引重力に起因する消えるほど小さな局所時空間の湾曲波動に関しては、可能な限り精巧な検知機の能力でも未だに検知できないほど小さい振幅の幾つかのオーダーが予測されています。またその検知器は、巨大で非常に費用のかかるものになります。先験的に、もし観測者の時空間がいつでも平坦であるならば、湾曲化した局所時空間に関連し、またそれを生み出す局所的実験あるいは局所的機器は存在しないのです。

 残念なことに、アインシュタインの現代の信奉者はアインシュタインの一般相対論を絶対の教義に持ち挙げてしまったのです。彼らは局所時空間の公理における誇張し過ぎた表現を鵜呑みにして支持しています。それについて論争する物理学者達--またそれを行おうとする者達は大変多いのですが--は、本質的に予算の獲得の道を閉ざされているのです。もし彼らがその異端性を維持し続けると、彼らの科学的な評価は失われ、排斥され、収入の道が断たれるのです。

 もし明確な内部事情を知りたければ、Satilliの本を読むことを薦めます。正統的科学は、その教義をすべての自称異端者から防衛するためには情け容赦がないのです。これは科学的なプロパガンダとは裏腹なのです。科学の多くが、科学に代わって宗教になってしまっているのです。科学史に詳しい人であれば誰でも、科学的弾圧、人物の暗殺、本質的には追放という数え切れないほどの例を指摘できるはずです。Gaussの非線型幾何学、Wegenerの大陸移動説、Mayerのエネルギー保存則の発見、Ovshinskyのアモルファス半導体、物理療法、EKG、催眠術の臨床使用がすぐに心に浮かびあがるでしょう。

 科学者達は人の集団を形成しています。他のグループも同様です。それらの幾つかは聖者の集団であり、幾つかは悪魔の集団なのです。一般大衆はどちらでもなく、あなたや私のように普通の人々から成っていて、特定化された仕事をしているだけなのです。Goedelの定理を信じれば、すべての科学モデルは、最初は偽造が可能であり不完全であることが知られています。

 科学の方法は、それ自体の主張するところによって、とにかく全体的な真理を生み出すのではなく、最もうまくいった場合においても、部分的な真理を生み出すだけなのです。Heisenbergの不確定性原理により、すべての計測は、計器が計測すべき実体と相互作用し、その実体を歪ませ、実際に計測されると思えるものを変化させてしまうのです。真の科学者達は、科学モデルが進化していることを知っています。遅かれ早かれ、どのようなモデルについてもより良きもの、改善されたものが発見される時が来るでしょう。

 とにかく、マックスウエルの四元数理論を眺めると、スカラー成分は、強力な電磁気力を畳み込んで利用することで、捕獲されたポテンシヤルを作り出し、動的電磁ベクトルエネルギー構造の中にそれを満たす可能性を秘めています。しかし、四元数の移動に係る成分がゼロになると、空間に一時的に捕穫されたエネルギーを持つ系は空間的に移動することはありませんが、それは一時的に過ぎません。もちろんそれは、外部的な力場の勾配(gradient)を持たないスカラー電磁ポテンシャルです。それは、周知の通り真に捕獲されたエネルギーであり、他の捕獲されたエネルギーを重力的に引き寄せます。従ってすべてのポテンシャルは重力的なのです。

 実際、1968年にサハロフは、重力場は自然においての主要な場ではなく、他の場から生成される複合的な場であると指摘しています。彼の仮説が真実であれば、まず第一に重力は電磁気力に分解されます。というのは、それが私達が通常出会い利用することのできる最も強い力であるからです。

 マックスウエルの四元数とホイッテッカーの深淵な二つの論文によってそれは直接示されるのです。それらはまた、このすべてを実験室の中でどのように応用するかを示しています。従ってホイッテッカーのスカラー電磁気の方法は試験することができるのです。それは仮説と理論の間の相違に係る主な基準に適うのです。相当なレベルの大学の物理学・電磁気学の職員であれば、それに心を寄せる者であれば誰でも、その方法の試験をすることができるのです。

問:その他の物理学者や科学者で、これらのことに関して功績を称えるべき人々がいますか。

答:はい。ニコラ・テスラは、1899年の73日から4日にかけての夜、コロラド・スプリングスの彼の研究所で実験的に定常スカラー電磁ポテンシャル波を発見した。彼はそれが移動する雷雨から放射されるものであることを発見したのです。
彼はそれを「電磁音響波」として認識しました。これは、ホイテッカーが同じ電磁重力波についての詳細な理論を書いて出版した四年前でしたが、世の中には知られませんでした。

 テスラが常に言っていたことは、彼が後に言及した注目すべきシステムにおいては、ヘルツ波を使っていなかったということです。そうではなく、彼は電磁音響波--それは縦波としてモデル化されなければなりません--を使っていたと指摘しています。今日私達は、テスラが正しかった--そしてすべての彼の中傷者は間違っていた--ということを知っています。

 また私はHooperの特許と成果についても指摘しておきたいと思います。Hooperは電磁応力、この応力の構成化、実験室におけるそのような応力から重力を示唆することを方法論的に検討した唯一の物理学者のようです。

 また私はサハロフを挙げ、重力は第一要因ではなく、他の場から作られた複合因子の場であるという明確な表現をした功績を称えたいと思います。また、サハロフの提案の結果、統計的電気力学において飛躍的な進歩があったことを指摘すべきです。

 また、Peter Graneauのような科学者も確かに称えるべきです。彼は電磁気学の基礎論的な問題を指摘し、その発見を実験的に検証するために奮闘しました。

 そして最後に、私は何人かの素晴らしい発明家達と共に仕事をする特権を与えられていることを述べたいと思います。彼らの要求している防衛のために、今は彼らの名前のリストは直接掲げません。しかし私が得たであろう多大などのような洞察も、その大部分が、彼らの行った数千にものぼる骨の折れる、発狂しそうな、ずっと続いた実験のおかげなのです。彼らの実際の貢献については、後に、おそらく今年の暮れになって、更に--そしてもっと強く--言わなくてはならないでしょう。その他の多くの素晴らしい発明家達が、--MoraySweetが心に浮かんできましたが--またこの分野で奮闘し、驚異的ですが何の恩典も無い結果を出しています。

問:物理学上、内部的電磁エネルギーを排除するのは何の効果であるのか、そしてそれはベクトルとどのように関連するのかを、もう一度、できるだけ簡単に示していただけないでしょうか。

答:局所時空間の内部秩序と内部構造を追放することによって行われることは、ある隠れた、決定論的変数への考慮を除外してしまうということです。この変数は量子変化そのものを作り出し制御するように操作できるものです。

 するとおわかりのように、物理学の世界では、スカラー量はたいへんしばしば真にゼロベクトルの系となり、そこでは「スカラー」すなわち運動しない系が、実際に、激しい運動をする、より小さな「ベクトル」から成るものの中に充満しているのです。従って、私達は物理的状況に数学(それは基本的なスカラーをベクトルに分解するようなことは行わず、ゼロのベクトルと同じものと見傲す)を応用するときには非常に注意深くなくてはなりません。極端な例を使うと、二頭の象が頭と頭を互いに強く押し付け合う場合には、反対に働く力(ベクトル)を持った「二頭の象」の系が生じるでしょう。そこでは系は止まっています。系はこのように結果がゼロベクトルとなる系となり、その運動はゼロベクトルによって記述されます。二匹のノミが互いに押し合っているときにも同じことが言え、系としては運動していないのです。系は結果としてゼロベクトルを持ち、その運動はゼロベクトルによって記述されます。

 しかしここに、数学を疑問無しに受け入れると裏切られてしまう要素が存在します。ベクトル解析では、すべてのゼロベクトルは同じになります。ここに、私達はノミの系と象の系の移動運動については同じであると言えますが、それは正しいことです。しかし二つの系には物理的に説明しなければならない鯨の大ささほどの違いが存在するのです。もしそれが信じられなければ、二頭の押し合っている象の間に身体を入れてみれば、それが二匹のノミの間にいるのと同じかどうかがわかるでしょう。確かに象の間にいる方が、ノミの間にいるよりずっと大きな応力を感じることでしょう。

 それはベクトル解析における本質的な問題を説明しています。数学の概念そのものにおいては、「ベクトル空間」とは、そこに「ベクトルを定義することのできる空間」として捉えられるだけなのです。更に、どれほど多くのベクトルをその中に置いても、あるいはそれらが互いにどのように関連性を持っていても、ベクトル空間そのものは決して圧迫された環境のもとにはありません。言い換えれば、その空間においては、象が押そうが、ノミが押そうが、その二つはまったく同じものなのです。しかもそれが問題なのです。ベクトル解析が物理的状況に応用されるときには、ベクトル解析という数学の内部に埋め込まれてしまうことは、相互作用する運動する物理量を表わすベクトルの相互作用の結果であり、局所空間あるいは局所時空間の応力が完全に無視されてしまうことなのです。

 さて四元数では、そのようにはなりません。相互作用する四元数はその中で、この「時空間の局所的応力」と「局所的に捕獲された時空間のエネルギー」をスカラー要素として捉えています。相互作用する四元数の運動部分が、系としての相互作用する部分に対する運動のない、あるいは移動のない状態を生じれば、今や時空間に局所的に捕獲された相互作用の影響を受けるものの応力、エネルギー、正確な幾何学的分割等が、集められて説明されるのです。運動する部分の側面はゼロになるかもしれません。しかしスカラーの側面は、振幅だけでなく、内部運動とその内部運動の正確な運動力学構造をも捉えていることでしょう。

 四元数はすでに、ボームの美しい成果に類似する美しい隠れ変数理論を内蔵しています。それは二つのチヤネルを有しているのです。外部エネルギーチヤネル(それは、例えば、古典的なヘビサイド/ギブスの電磁気理論によって述べられています)と、また、隠れた内部エネルギーチャネル(これについてはヘビサイド/ギプスは述べていません)です。四元数はまた超空間的な側面をも包含しています。というのは、それは複素数理論の拡張であるからです。

 ヘビサイドが彼の空間ベクトルに磁気と電気を統合するようにするためには、複素数に戻らなければならなかったことに注意しましょう。そのように彼は第一の超越数、マイナス1の平方根によって代表される、本質的に一つの余分な次元を付け加えたのです。四元数にはすでにそのことが盛り込まれており、ヘビサイドが捨て去ったずっと多くのこともまた盛り込まれているのです。

問:一般相対論、電磁気学、量子力学はホイッテッカーの方法によってどのように統一化されるのかを要約していただけませんか。

答:ホイッテッカーの成果を三つの各々に適応すると、各々のより広範囲な理論が得られます。新しい広範囲な理論は二つの部分的理論を持っています。現在の理論と、内部電磁エネルギーと隠れ変数理論を含んだ拡張理論です。

 三つの拡張部分は実際には同じものであるので、三つの拡張した理論は共通した拡張理論に置き換えられます。現在の三つの理論はそれぞれ特殊な場合として導かれ、残念ながら統一化の拡張理論が欠けているのです。それは上面の無い段ボール箱のようなもので、底面を切り取って、側面を別々に開いたようなものです。それらを繋ぎ合わせるためには、箱の底面が必要なのです。ホイッテッカーは底面を提供しています。それは試験が可能なものです。

問:その他、この新しい物理学からいずれは発展することで、あなたが指摘したいと思われていて、しかもまだ述べられていないような基本的な事柄はありませんか。

答:幾つかあります。ホイッテッカーの結果とマックスウエルの四元数のスカラー成分は、真空を直接的に応用可能にすることに注意して欲しいと思います。実際、それらによって質量の無い電荷の束そのものの構成を実際に変化させることが可能です。さて、新しい方法では、一つの電子を他の電子とまったく違うようにできるのです。なぜならば、その電荷の束を変化させパターン化することができるからです。その総合的な電荷を変えるだけではなく、その電荷を運動力学的に構成することができます。さて今や、電子のあるいは他の基本的な粒子の電荷を変化させることができ、単一の粒子(あるいは集団)の電荷束を空間的に構成--あるいは活性化--することができるのです。

 例えば、活性化の考え方を使えば、ホメオパシーが働くようなメカニズムを直接的に拡張でき、また試験も可能になります。水の構成化とhydrancephalyについて私の言ったことを思い出してください。化学混合物は、決定論的な畳み込まれた電磁気のホイッテッカー構造を持っています。
その混合物の水溶液を作ると、液体のこの隠れた内部エネルギー構造を変化させることになります。もし物理的な運搬媒体--初めの混合物の質量--を取り除き、その混合物の内部エネルギー構造を残すと、ホメオパシーが働きます。化学的性質は完全に電荷と、電荷の分布に依存します。

 ホメオパシーではポテンシャルの中に電荷のテンプレートを保持し、それはちょうど実際の医療のように、治療している身体の中の電荷に影響するのです。実際はもっと良好です。なぜならば、煩わねばならない「肉体的残留」をもはや伴っていないので、直接的に事を行うからです。これらの新しい考え方は、現在の物理学と生物学の基本的な仮定に対して、深淵で論争のもとになる変化です。

 新しい方法では、そのまま確立変数の統計理論を応用することはできず、カオスを適応しなければなりません。真空の仮想的な光子と荷電された質量を持つ粒子との交換の構造化において、完全に新しくずっと基本的な工学のレベルに移ってしまいました。さて、質量の無い仮想粒子の電荷の束は、特別な仕事をするための特定な運動力学構造--もしそうしたいのであれば、真空機関--を促進させることができます。あるいは、局所時空間そのものを活性化させ、湾曲させ、私達の意志に従って湾曲するように内部的に構造化することができます。その局所的に湾曲した時空間は、特定な一台あるいは複数台の真空機関となり、連続して絶えることの無い動力源となります。私達は局所的真空を作り変え、現在の保存則のどのようなものも破ることを可能にできるのです。

 私達は真空の信じられないほど強力な流束を使って局所化された真空機関を作ることができるというのは誇張ではありません。私達は、静かな、精密に制御された魔法の手によって原子核に近付くことができるのです。
私達は最初に、原子核そのものを実際に作り直し、工学的な応用を開始することができます。更に、実際の仮想的状態エネルギー形態(量子力学では「幽霊態(ghost formsと呼ばれる)を直接集めて集積することができます。

 いずれはどんなものでもすべて物質化でき物理的現実の中にもたらすことができるということが誇張無しに言えます。
あるいは、物質化を解き、物理的現実から消失することができるのです。また私達は自然の局所的法則を工学的に応用したり変更したりできるようになります。というのは、私達はSchroedinger方程式、量子ポテンシャル、すべてのその局所的ポテンシャル部分における全体的局所真空ポテンシャルを、直接的に工学的に応用し制御することができるからなのです。

 私達が用意できていてもいなくても、神は現在人類に我々自身の物理的現実と我々自身の運命を工学的に応用する可能性を手渡す用意ができているのでしょう。私達は新しい工学応用された現実を天国にも地獄にもできるのです。
私達がどちらを行うにしても、私達は成果を得るか、あるいは悪い結果に直面するでしょう。さしあたり、私達がこの強力な新しい道具を人類を滅ぼすのではなく救うために開発することができるのであれば、実に素晴らしいことでしょう。


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